ハラスメント相談の進め方
HARASSMENT

ハラスメント相談の進め方

ハラスメントは許されません

 職場では、そこで働く人々との組み合わせによって、さまざまなハラスメントが起こりえます。たとえ悪意を持った指導ではなかった場合であっても、あるいは第三者としてただ傍観していただけであっても、その職場にいる誰もが安心して働けない職場環境であったのなら、いったい誰が責任を取るべきなのでしょうか。

 ハラスメントは会社という組織の構成員全体にかかわる問題ですが、とりわけ事業主の責任を明記して、2019年5月に職場でのパワーハラスメント(パワハラ)防止を義務づける関連法(労働施策総合推進法など)が成立しました。それを受け厚生労働省は2020年1月「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(いわゆる「パワハラガイドライン」)を告示しました。

 今後、大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から、相談窓口を設置し発生後の再発防止策を講ずることが義務づけられ、悪質な場合は社名を公表されることになりました。

パワハラ相談の最近の傾向

パワハラ相談の最近の傾向

 厚生労働省による平成28年度実施の「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」(以下、「実態調査」)では、過去3年間にパワーハラスメント(以下、パワハラ)を受けたことがあると答えた従業員は32.5%に上りました。平成24年度の調査結果(25.3%)から大幅な増加です。

 この増加の原因は単純には言えませんが、問題意識を持つ人が増えたことは間違いありません。今回の「パワハラガイドライン」の告示以後は、職場でのパワハラは許さないという被害者からの声が、これまで以上に強くなっています。そればかりではなく、相談窓口担当者および行為者として訴えられた人からも、専門家としての意見を聞きたいという要望が寄せられています。
 前項の実態調査によれば、相談窓口を社内に設置している企業は47.4%、会社外の組織に委託している企業は2.4%、社内と社外の両方に設置している企業は23.5%です。全体では4社に3社(74.8%)は既に相談窓口を設置しています。

 パワハラ予防に対する企業の主な対策は、「相談窓口の設置」(82.9%)、「管理職対象のパワハラについての講演や研修会の実施」(63.4%)、「就業規則など社内規定の整備」(61.1%)などです。

 多くの企業が相談窓口を設置しても、実際の利用では、パワハラ相談の件数(過去3年間)は、従業員1000人以上の企業では、0件が3.5%、1~10件が53.7%と、半数強の企業では10件以下です。実態調査では約4人に1人がパワハラ被害を訴えていますので、「隠れたパワハラ」が相当数に上ると推測できます。
 実際、パワハラ被害者のうち、「何もしなかった」は40.9%、「会社関係に相談」は20.6%、「会社とは無関係のところに相談」は24.4%でした。また、「社内の相談窓口に相談」は3.5%、「人事等の社内の担当部署(相談窓口を除く)に相談」5.1%、「会社設置の社外相談窓口に相談」1.7%、「労働組合に相談」は2.3%と、窓口の利用者は少数です。

 被害者が「パワハラを受けても何もしなかった」理由は、「解決にならない」が68.5%、「職務上不利益が生じる」が24.9%でした。相談窓口担当者はこうした潜在的相談者の不安を真剣に受け止める必要があります。

 パワハラは、被害者と行為者の間の個人的なトラブルではありません。パワハラ対策への積極的な取り組みは、パワハラを起こさない職場環境の醸成という企業の安全配慮義務の履行に明らかに効果があることは既に指摘されています。

「パワハラガイドライン」における定義

ハラスメントは、パワハラ、セクハラ、マタハラ、などさまざまに分類されますが、今回のガイドラインは「職場におけるパワーハラスメント」を次のように定義しています。
下記の要素をすべて満たすもの。

  1. ①優越的な関係を背景とした言動
  2. ②労働者の就業環境が害されるも
  3. ③業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの

 そのため、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない」ことになります。

 また、職場とは、「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、「職場」に含まれる」こと、労働者とは、「いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てをいう」と明記されました。

 ガイドラインでは①、②、③の意味を解説して、職場におけるパワハラの典型に該当し、または該当しないと考えられる例を6類型( 身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害)に分けて説明しています。

 ガイドラインは、事業主にパワハラ防止対策を総合的に進めていくことを求めていて、相談に適切に対応できる体制の整備を義務づけています。その際は、相談内容から男女の相談員が複数、しかも研修を受けた専任者を配置すべきだと思います。

相談窓口の対応:被害者への事実確認(ヒアリング)のポイント

確認すべき事実関係は、次の事項です。

  1. ①当事者(被害者および行為者とされる人)の関係 
  2. ③問題とされる言動が、いつ、どこで、どのように行われたか
  3. ②相談者は、行為者とされる人にどのような対応をとったか
  4. ④管理者や監督者等に対する相談を行っているか(当事者のみが知り得るものか、又は他に目撃者はいるのか)

 ヒアリングの時に使う相談記録票の書式を決めておくと、その後の整理に役立ちます。たとえば厚生労働省「あかるい職場応援団」のハラスメント関係資料などが参考になります。

1.親切に話を聴く

最初に自己紹介をします。
「相談窓口の○○です。しっかりお話をうかがわせていただいて、一緒に問題を解決していきたいと思います」など、立場・役割を明確にしてから事実確認に入りますが、感情的にならないことと事務的な聞き方とは違います。被害者の感情に巻き込まれずに落ち着いて傾聴するのが適切なヒアリングです。

2.守秘義務の説明をする

 メモを取る許諾を得て、必ず秘密の保持を約束します。
相談者は行為者とされる人(主に上司)に伝わることを恐れています。外部に相談するケースや社内相談窓口に匿名の投書が届くケースもあります。  パワハラ相談では、社内窓口だけでなく、産業医、コンプライアンス担当、社外相談機関に依頼すべき場合もあります。
そのため特定のチーム内で秘密を預かる「チーム内守秘義務」のルールを決めておきます。相談者にはその点の了承を得ますが、了承が得られない場合でも、緊急性が高いときは産業医などに伝えて、相談者の安全を守る措置をとることができます。
むしろ緊急性の判断が窓口担当者の第一の責務です。

3.相手の話をなぞる、適度のレビューをする

 相手の話はオウム返しではなく、なぞりながら聴き、適度にレビュー(要約)をします。メモを取ることは相談者に「しっかり聴いてもらっている」という安心感を与えます。

4.声のトーンを共鳴させ、相づちを打つ

 相談者はたいていこれまで話せなかったことを打ち明けるので声のトーンが低くなる傾向があります。それに共鳴させるように聴き手も声のトーンを少し低く抑えると、相談者は安心します。ほどよく相づちを打ちながらしっかり話を聴きとります。

5.「共感」で相手の気持ちをくむ

 特に最初のヒアリングでは、相手の不安感、恐怖感、絶望感、孤立感、悔しさなどの相手の気持ちを想像しながら、しっかり受けとめましょう。

6.話を聴く前から結論(予断)を持たない

 すぐに「パワハラだ」「パワハラではない」と安易に結論づけないで下さい。判定は窓口担当者の仕事ではありません。

7.沈黙時には少し待つ

 相談者は、頭の中でそれまでの話を整理して次に話すことをまとめている状態です。長い沈黙が続く場合は、担当者から「今までお聴きしたことは~でよろしいですか」とレビューしましょう。

8.相手のペースで話を聴く

 短い時間で聴きだそうと急ぎ過ぎると、相談者は心を閉ざしてしまいます。話は相手のペースでゆっくりと聴き、その後の社内での対応は早くする、と心がけて下さい。

9.体調を確認する

 相談者の中にはパワハラを受けて体調を崩している人がいます。必ず確認し、体調によっては産業医につなぐことも検討して下さい。パワハラと過重労働が重なっているケースも目立ちます。

10.要望を尊重する

 すぐに「パワハラだ」「パワハラではない」と安易に結論づけないで下さい。判定は窓口担当者の仕事ではありません。

11.話を聴く前から結論(予断)を持たない

 本人の要望を確認します。ただ本人には、ショックや困惑した状態が続いていて、気持ちが整理できていないこともあります。一方、初めから相手の異動や処分まで要求してくる人もいます。
そういう人には、「要望をお聞きしました」とだけ伝え、社内におけるハラスメント相談のプロセスと判定結果の通知の道筋を伝えます。

12.言い残したことがないか尋ねる

 面談は通常は50分前後です。
残り時間が少なくなった時、何か言い残したこと、確認したいことがないか尋ねます。躊躇していた核心となる部分を、実は、と話し始めることも少なくありません。

13.次回の約束をして最初のヒアリングを終える

 1度でヒアリングを終わることはむしろ稀です。
とくに精神的ショックが大きい場合は、相談が進まないのが普通です。次回の約束ができれば、相談者からある程度の信用を得たことになります。

相談窓口の対応:行為者(とされた人)へのヒアリングのポイント

1.自己紹介をしてヒアリングへの協力を求める

 相談担当者は、社員からハラスメントの相談があったのでヒアリング(事実確認)をすること、組織の一員として事実の確認に協力をお願いしたいと伝え、会社には相談窓口をつくって公正な対応をするルールを決めていることを説明します。

2.これまでの努力・実績を認めることから始める

 行為者(とされた人)がハラスメントで訴えられてヒアリングを受けると、多くの人が内心は恐怖していたり、不安を抑えるために強固な防衛姿勢を貫いたり、腹立たしい気持ちになっています。行為者ヒアリングは、一筋縄でいかないのが当たり前で、発言も簡単に前言を否定したり、あいまいになるのが多いと十分に認識する必要があります。

3.約束してもらうこと

 ヒアリングでは、被害者からの申立ての内容を当人、またはその周辺者に問いただしたり、不利なこと、業務以外の接触、詮索、他言をしないように約束してもらいます。報復行為があれば厳しく処分せざるを得ないことを伝えます。

4.確認すること

 申立者との関係、普段からのコミュニケーションの程度、問題となっている言動とその理由、申立者をどう思っていたか、状況改善のために協力する意向の有無を尋ねます。特に、被害者の訴えた言動について、目的と手段が適切だったか、あくまでも事実に即した説明を求めます。

5.先入観をもたない

 相談担当者ははじめから決めつけない対応をします。行為者(とされた人)の言い分をよく聞かない対応は関係をこじらせます。また、過剰な思い入れ・温情は逆効果になることが多いので、ヒアリングでは事実の確認に徹してください。

6.もっとも重要な留意点

 コンプライアンス(懲罰)委員会の判定が出る前に、被害者、行為者(とされた人)の当事者間の接点を極力持たせないことです。行為者(とされた人)の釈明がむしろパワハラ問題をこじらせ、取り返しがつかない事態になることが少なくありません。  特に、行為者(とされた人)がストーカーなど犯罪行為をしている可能性がある場合、ヒアリングは警察への相談を含めて専門家に任せなければならないことがあります。

7.ヒアリングの締めくくり

 行為者(とされた人)の言動を判定するのは相談担当者ではなくコンプライアンス(懲罰)委員会です。担当者は「今回の内容をコンプライアンス(懲罰)委員会に報告し判断を仰ぎます、その結果は、後ほどお伝えします」とだけ話します。

相談窓口の役割とコンプライアンス(懲罰)委員会の職務を明確にする

1.上司がハラスメントの相談を受けたときは、窓口につなぐのが原則

 多くの相談者は、直属のまたは上の上司に相談しないで来談します。上司に相談できていたら相談窓口に訴えずに済むかもしれません。
「窓口に行く前に話して欲しい」と言うと、相談者が直接訴えにくくなりかねません。

2.相談窓口担当者ひとりの責任にしない

 相談窓口を独立させないで、人事・総務部門の担当者が兼任している例も多いです。また、本来はコンプライアンス(懲罰)委員会が担う職務まで、窓口担当者が行っている場合もあります。
相談内容の判定まで窓口担当者に任せるのは、公平性や透明性に問題があるだけでなく、責任が重すぎます。
窓口の独立性の確保と担当者の専従は喫緊の課題と思います。

3.窓口から人事やコンプライアンス(懲罰)委員会への報告

 相談窓口担当者は、何度か行為者のヒアリングをした後に速やかにコンプライアンス(懲罰)委員会に報告します。顧問弁護士の意見を聞くことが必要になる場合もあります。相談の受理から当該組織が判断を出すまで約3ヵ月以内が望ましいです。

4.結果はコンプライアンス(懲罰)委員会の責任者が伝える

 ① 行為者に対して
 コンプライアンス(懲罰)委員会が行為者(とされた人)のハラスメントを認定したなら、就業規則や社内規程に基づいて処分します。問題の先送りは相手をさらに重い行為者にする可能性が高いようです。とはいえ、厳しい処分が行為者の人格を全否定しない配慮が必要です。

 ② 相談者(被害者)に対して
 パワハラと認定した場合は、行為者への処分を相談者に伝えます。その処分は、相談者の訴えその他を踏まえた総合的な判断だと説明します。これは相談者に責任を過剰に感じさせない配慮です。
 一方、パワハラと認定しなかった場合は、前例に基づいて第3者の意見も踏まえて検討した結果だと詳しく説明します。パワハラとは認定しなくても不適切なマネジメントの疑いがあった場合は、その点を行為者に注意をしたことを伝え、今回の相談は働きやすい職場をつくるために組織として参考になったことを話します。
 パワハラ相談の多くの場合、これで終わりません。パワハラと認定されようとされまいと、相談者が会社で生き生きと仕事を続けていけるように支援していくことが大切です。

ハラスメント相談窓口担当者の研修

 相談窓口担当者は、ある程度の研修を受けてから、相談業務につくと思いますが、被害者相談の受け付けに比べて、行為者ヒアリングの難しさは格別です。相談の研修に、被害者役、行為者役、相談窓口担当者役を決めて、ロールプレイを行う研修は極めて有効です。

 以下に研修に使えるシナリオの例をあげ、ポイントを示します。

「Aさん(30代男性)は、異動してきたB上司と初めてペアを組むことになりました。B上司は、Aさんに相談しないで仕事を進め、それまでAさんが築いてきた成果を自分のものとして上のC上司に報告しておきながら、Aさんを「馬鹿だ、無能だ、今まで何をやってきたんだ、給料泥棒!」などと、ミーティングの場で繰り返し怒鳴りつけました。
 Aさんは、自信をなくし、また怒りをどこにぶつけていいか分からなくなりました。気持ちが落ち込み、不眠となり、朝、会社に行く時間にも起きられなくなり、メンタルクリニックを受診しました。医師からうつ病と診断され、3か月の休職を勧められました。
 AさんはC上司に相談しましたが、「B上司は君に期待して、厳しく指導していると思うよ。この位で休職したり、窓口に相談したりしたら大事になって、出世にも響くよ」と取りあってもらえませんでしたので、相談窓口に訴えました」

 まず、3人一組となり役割分担を決めます。

 ・Aさん(被害者役)
 ・Bさん(行為者役)
 ・相談窓口担当者役。

 相談窓口担当者役は、Aさん役、次いでBさん役にヒアリングを行います。それぞれ15分くらいロールプレイを行います。次に、前とは役割を代えて違った立場を体験し、その後に感想や意見を話し合います。

 このシナリオでは、Aさんを標的にしてB上司が暴言を吐いてメンタル不調に追い込んでいます。

 窓口担当者は、Aさんに対しては、①相談内容 ②行為を受けた背景 ③行為を受けた際の気持ち ④健康状態 ⑤目撃者の有無 ⑥周囲への相談の有無 ⑦相談者の意向 ⑧結果はコンプライアンス(懲罰)委員会から報告があること、以上を必ず確認します。

 また行為者に対しては行為者と決めつけずに、①事実確認の協力 ②申立者および申し立て内容を口外しないこと ③結果はコンプライアンス(懲罰)委員会の責任者が話をする、以上を伝えます。
 現実には、行為者ヒアリングは、申し立て内容の否定、反論、抵抗、ヒアリングされるに至ったことへの屈辱、精神的動揺などのために、被害者ヒアリングとは比べられないほど困難となることが普通です。このようなこともロールプレイで体験的に学んでほしいと思います。

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